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『呼吸』eレポート  2巻 1号 (2018)
総説

重症心身障がい児(者)の呼吸障害、診断と治療について(1)

森川昭廣1)
竹内東光2)、野田真一郎2)
滝沢琢己3)、荒川浩一3)
望月浩之4)、徳山研一5)
1)社会福祉法人 希望の家 附属北関東アレルギー研究所
2)社会福祉法人 希望の家 療育センター きぼう
3)群馬大学大学院小児科
4)東海大学医学部専門診療学系小児科学
5)埼玉医科大学小児科
Akihiro Morikawa
Harumitsu Takeuchi, Shinichiro Noda,
Takumi Takizawa, Hirokazu Arakawa, Hiroyuki Mochizuki,Kenichi Tokuyama
1)Kitakanto Allergy Institute, Kibonoie Hospital/2)Social Welfare Organization Kibonoie Care and Education Centre KIBOU/3)Department of Pediatrics, Gunma University Graduate School of Medicine/4)Department of Pediatrics, Tokai University School of Medicine/5)Department of Pediatrics Fuculy of Medicine, Saitama Medical University

要 旨 重度の知的障がいと重度の肢体不自由を有している重症心身障がい児(者)は最近増加傾向にあり、また合併する呼吸障がいの診断・治療に苦慮することが多い。健康人は活動状況に応じて適切な姿勢をとりうるが、重心児者では容易ではない。また、胸郭変形を有していたりして、重症児者では呼吸器疾患の診断や治療に苦慮することが多い。本稿では、障害を有している児や成人の呼吸管理上の問題点、さらにはその疾患について述べ、次号でのべる重心児者の喘鳴と喘息の診断についての基礎知識について述べた。
キーワード重症心身障がい児(者)、脳性麻痺、姿勢、大島分類、横地分類
『呼吸』eレポート 2(1) 29-33 ,2018
http://www.respiration.jp/erep/mokuji.php?y=2018&v=1


はじめに

 医療の進歩により、平均寿命は長くなってきた。その大きな原因は新生児・乳幼児の死亡率が減少したためであることは明らかである。一方で高齢者の健康管理が広く行われ、疾患の早期発見、早期治療も寿命延長の因子となっている。ちなみに、日本人の平均寿命は男性80.98歳、女性87.14歳で、日本は世界でも有数の長寿国となっている。しかし、最近では寿命の長さのみならず長寿の質、すなわち健康寿命(男性:72.14歳、女性74.79歳、2016年推計値)の重要性が述べられている。健康寿命延長には医学・医療の進歩と国民一人一人の健康への意識の改革が求められている。例えば、食生活の改善、禁煙、運動の励行、適度に張りのある生活、中高年の社会参加等によって健康寿命を延長させることが可能であると言われている。しかし、疾患後遺症は医学の長足の進歩にも関わらずある一定の割合で発生するのも事実である。生命を助けることができても、医療・医学はまだ100%元通りの健康体を回復させているとは言えない。本稿では、主に疾患の後遺症と考えられる肉体的、知的障害の両者を有する方々(重症心身障がい児(者、以下“重心児者)の呼吸障害の問題点、診断や治療について述べたい。

重心児者の治療とケアーについての現在の流れ

 厚生労働省の統計によれば、現在の障がい者の数は、身体障がい者、知的障がい者、精神障がい者を含めると724万人とされており1)、2007年から2014年にかけての愛知県での検討では、重心児者に限って言えば人口1万人当たり34人から40人に増加している。これらの人々には各々基礎疾患に呼吸障がいを合併しているが、本稿では特に重心児者の全般とその呼吸器疾患について述べる。なお、重症心身障がいとは“重度の肢体不自由と重度の知的障がいが重複した状態”と言い、その状態の子どもを“重症心身障がい児”と定めている。さらには、成人に達した者も数多くいることから、成人については重症心身障がい者、また双方をあわせて重心児者と言っている。現在では、従来病院や施設で治療・ケアしてきた重心児者を今後は在宅等でケアする方向に向かっている。それゆえ、かかりつけ医が在宅の重心身児者を診療する機会も今後増加すると考えられる。

  
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表1 重症心身障がいの発症原因

   
 

表2 希望の家 療育センター きぼう 入院患者の障がい発生原因  (119人中)

   
 

表3 脳性麻痺研究班会議で定められた脳性麻痺定義(1968年)


重症心身障がいの発症原因と
重心児者の重症度

 表1に重症心身障がいの発症原因を示した。出生前の原因としては、先天性風疹症候群、脳形態異常、染色体異常などが、出生時・新生児期のものとして分娩異常や

   
   


低出生体重児が、周産期後のものとして脳炎などの外因性障がいやてんかんなどの症候性障がいが挙げられる2)。病院または施設においてその割合は異なるが、表2に示したように出生前の原因、出生時・新生児期の原因、周産期、それ以降に分類される。我々の療育センター きぼうでは各々が36%、32%、32%であり、原因の多様性が認められる。従来、重心児者の原因は低出生体重児で低酸素性脳症のためにいわゆる脳性麻痺になった者が、重心児者といわれることが多かった。しかし、我々の成績からも従来言われてきたよりはその基礎疾患の種類が多いことが見て取れる。なお、脳性麻痺は本邦では1968年に定義が決められ3)、国際的には2004年のベセスダのワークショップでのものが広く用いられている4)。ここでは、本邦のものが具体的であるので、それを表3に示した。
 重症度については、1971年に大島の分類が、2006年にはそれを改定した横地の分類が発表されている。図1図2に、大島の分類、横地の分類を示した2)

  
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図1 大島の分類

   
 

図2 横地分類               (2014,7,17改訂)

 なお、低酸素性虚血性脳症を予防するために低出生体重児に脳低温療法が行われているが、最近、脳性麻痺のリスクのある新生児に臍帯血幹細胞移植の試みがなされている。動物実験ではヒトの臍帯血幹細胞を運動障害家兎に移植し良い結果を得ている5)。ヒトの場合では、本人が提供者でもあるため、拒絶反応もなく、その後の免疫抑制剤投与がないので期待の持てる治療法である6)。既に本邦では第一例目が2015年に行われ、経過を見ると同時に更なる症例を重ねている段階であることを付記する。

  
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自身で適切な姿勢のとれない
重心児者の姿勢で、呼吸管理上
好ましい姿勢は?

 健康な人にとっては、活動状況に応じて自身で適切な姿勢をとることができるが、重心児者では容易ではない。多くの重心児者はどこかに不快な部分(痛み、圧迫感、呼吸のしにくさなど)を有しており、それを伝えることが困難なため、周囲の者が配慮する必要がある。すなわち、重心児者では体位変換のみならず、体を適切な位置に動かしリラクゼーションすることにより不均等換気の改善、分泌物の喀出が容易になることが言われている7)。以下に各姿勢の呼吸について述べる。

1)仰臥位
 仰臥位は寝具と体の接触する面積が大きく、安楽な姿勢であるが、重心児者は下顎・舌根の後退や痰・唾液が気道にたまりやすいこと、さらに背側の胸郭の動きが制限されることなど呼吸の面からは不利なことが多い。

2)腹臥位
 舌根の沈下や唾液・喀痰の貯留を防ぐことのできる姿勢である。胸郭呼吸運動の効率の面から、さらには上記の気道における液体貯留防止の面からも重要な姿勢である。日常よくみる誤嚥性肺炎の予防の面からも本姿勢を取らせることは重要である。また、重心児でかなりの頻度で見られる胃食道逆流現象の軽減、排気の促進には欠かせない姿勢である。ただし、口や鼻がふさがれるリスクがあり、注意しなければならない。

3)側臥位
 側臥位は、気道内の液体の貯留を防止する姿勢であり、また胸郭の扁平化(気管狭窄の原因となる)を予防する方法であるが、呼吸面積が上部と下部で異なるので呼吸状況を十分把握して行うべきと考える。

4)座位、上体挙上姿勢
 体を起こした姿勢は、体が最も自由になり、胃食道逆流症など消化器症状を軽減するのに好ましい姿勢である。ただし、患者により各々の患者にあった座位保持装置を必要とする。また患者の病態によりリクライニング座位がよいのか軽い前傾姿勢が良いのかは個別に判断する必要がある。

重心児者に比較的多い呼吸器疾患(主に姿勢が関与するもの)は?

1)鼻咽腔狭窄
 健常児・者ではアデノイド肥大の際に見られるが、重心児者では、舌根沈下ないし下顎の沈下の際に見られ、吸気性喘鳴が主症状で主に就寝時に見られるが、重症例では覚醒時にもみられる。仰臥位で出現しやすく、下顎挙上やエアーウエイ挿入、持続性陽圧換気を行うと消失する場合が多い8)

2)喉頭部狭窄(喉頭軟化症)
 喉頭蓋や喉頭後側の披裂部の吸気時の下部への落ち込みにともなって狭窄をおこす。主に筋緊張の変動のある場合に多く、脳性麻痺患者での上気道狭窄の3割では、これが呼吸障害の原因となっている。喘鳴は吸気時で主に覚醒時に強く、睡眠とともに軽減・消失する。治療として仰臥位や前傾姿勢をとることが行われる。

3)気管・気管支の狭窄(気管・気管支軟化症)
 呼気時に気管気管支が狭窄するもので、胸郭扁平化、側彎、反復性気道感染、気管支肉芽などが誘因である。気管支ファイバーで観察すると重心児者では前後径が短縮した形が多い。主に気管が胸骨と脊椎の間に挟まれてつぶれた形になるものである。症状は呼気時の強い喘鳴で呼吸困難やチアノーゼ発作をおこす。治療としてカニューレによる気道の確保、持続性陽圧換気、ステント術さらには胸骨切除術も行われている。

終わりに

 ここまで重心児者の呼吸器疾患についての総論的な部分について述べてきた。次号に重心児者の喘鳴と気管支喘息を中心に、その治療やケアについての流れを述べたい。

文献

1)厚生労働省社会援護局障害保健福祉部企画課:平成18年度身体障害児・者実態調査結果。P3 2018.3.24.

2)口分田政夫:重症心身障害の概念と定義の歴史的変遷と現在の定義 編集:北住映二、国分田政夫、西藤武美 身障害児(者)の発生原因は?重症心身障害児・者診療・看護ケア実践マニュアル 診断と治療社 2015:2-10.

  
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3)五味重春:脳性麻痺の長期予後。岩谷博光、土肥信之編<臨床リハビリテーション 小児リハビリテーションI-脳性麻痺 医歯薬出版1990:47-78.

4)Box M, Goldstein M, Rosenstein P et al: Proposed definition and classification of cerebral palsy April 2005 Dev Med Child Neuro 2005;47:571-76.

5) Drobyshevsky A, Cotten CM, Shi Z, et al: Human umbilical cord blood cells ameliotrates motor deficits in rabbits in a cerebral palsy model: Dev Neurosci. 2015;37:349-362. doi: 10.1159/000374107.

6)MacDonald CA, Fahey MC, Jenkin G, et al: Umbilical cord blood cells for treatment of cerebral palsy ; timing and treatment options. Pediatr Res 2017: Sep 22.doi:10 1038/pr 2017,236)

7)花井丈夫:呼吸障害におけるポジショニング 編集:北住映二、国分田政夫、西藤武美 重症心身障害児・者診療・看護ケア実践マニュアル 診断と治療社 2015:60-62.

8)田中総一郎:重度な障害のある子どもの呼吸障害とそのケア 日本小児呼吸器疾患学会雑誌、2007: 18; 89-93.









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