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『呼吸』eレポート  2巻 1号 (2018)
総説

小児の呼吸器疾患における移行期医療の重要性

望月 博之 東海大学大医学部専門診療学系小児科学
Hiroyuki Mochizuki Department of Pediatrics, Tokai University School of Medicine

要 旨 小児喘息の寛解率はこれまで考えられていた数値よりはるかに低いものであること、さらに、小児喘息は加齢による肺機能低下の重大な原因となることが、この数年の間に明らかになっている。小児科から内科への確実な受け渡しが以前にもまして注目されているが、これまでに、喘息を始めとする慢性の小児呼吸器疾患について、世界的にも移行期医療の完成されたプロセスはない。本来、国ごとの医療制度や生活習慣などに深くかかわる事項のため、今後とも、検討を重ねるべきテーマとして、我が国独自の移行期医療を考える必要がある。
キーワード移行期医療、小児、気管支喘息、新生児慢性肺疾患、晩期副作用
『呼吸』eレポート 2(1) 9-11 ,2018
http://www.respiration.jp/erep/mokuji.php?y=2018&v=1


1.はじめに

 近年、小児の気管支喘息(喘息)を始めとする小児の呼吸器疾患の成人への持ち越し、いわゆるキャリーオーバーについての議論が盛んである。近年の報告から、小児喘息の寛解率はこれまで考えられていた数値よりはるかに低いものであること1)、さらに、小児喘息は加齢による肺機能低下の重大な原因となることが、この数年の間に明らかになっている2)
 小児科から内科への確実な受け渡しが以前にもまして注目されているが、これまでに喘息の治療・管理のガイドラインはあるものの3)、世界的にも移行期医療(transition care)の完成されたプロセスはないようである。喘息以外の呼吸器疾患においても、本来、国ごとの医療制度や生活習慣などに深くかかわる事項のため、我が国独自の移行期医療を考える必要がある。そのためには、何より、現状の医療下における小児呼吸器疾患の移行期医療の重要性を改めて考えなくてはならない。

2.移行期医療の問題点

 最近になり、日本小児科学会から移行期医療の問題点と課題が示されている4)。社会制度上の問題点として、現行の20歳到達時点での医療費助成の終了による弊害や患者・家族を支えるための市町村を始めとするサポートの不備が指摘されている。医療体制上の問題点としては、小児科医の成人期医療への移行に向けた患者教育、内科医の小児疾患に対する理解、さらには小児科医と内科医との連携についての不備について述べられている。
 一方、内科医の側からの意見として、内科医の移行期医療に対する認識が低いことが報告されている5)。教科書やガイドライン、実地臨床における指針が少ないことや医学教育の場に移行期医療に関するプログラムがないことが指摘されており、現状では内科医側に移行期医療を依存することは困難と思われる。
 さらに小児科から内科への転科を阻む問題点として、保護者と小児科の主治医との強すぎる信頼関係が指摘されている6)。受け取る側にすると厄介な問題であるが、内科側の専門医の不在、医師に依存してきた小児科経由の患者の治療姿勢もまた、問題視されている。移行期医療の向上に求められる必須事項は、 やはり、小児科医と内科医による連携と思われる。

3.移行期医療を考慮すべき
  小児呼吸器疾患

 小児喘息にphenotypeがみられることは、以前より議論されている7)。各phenotypeの経年的な変化を治療に反映させることは、小児の呼吸器疾患の長期管理を考える上で重要であるが、小児期発症で成人期にまで持ち越す呼吸器疾患として、新生児の慢性肺疾患と重症喘息が示されている8)。今回は移行期医療に注目し、さらにもう1系統加えた3つの系統を考えてみたい(図1)

  
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図1 移行医療を考えるべき小児期発症の呼吸器疾患

            正常発達群の呼吸機能との経年変化における比較

 (a)新生児慢性肺疾患群
 アトピー型喘息の発症以前の反復する喘鳴の原因に、呼吸器系の形態異常、新生児慢性肺疾患とウイルス由来の反応性気道疾患(respiratory airway disease: RAD)が考えられる。RADは思春期で改善傾向がみられるものの、早産児の疾患である新生児慢性肺疾患においては、長期的な肺機能低下がみられることが報告されている9)。早産児であることが長期的な肺機能低下の危険因子であることも報告されているが10)、特殊な肺機能検査により乳児期早期に肺機能低下が認められた児は、その後、喘息を発症しやすいという報告もあるように11-13)、成人のCOPDの危険因子としても注目されている14)

 (b)小児喘息群
 Stein、 Martinezらは、乳幼児の喘鳴性疾患を一過性の初期喘鳴群と非アトピー型喘鳴群、IgE関連喘鳴/喘息群(IgE-associated wheeze/asthma) の3つに分類しているが7)、IgE関連喘鳴はいわゆる古典的なアトピー型の喘息であり、思春期以降も持続することが考えられている。
かつては、小児喘息の大多数で思春期のアウトグローが認められると考えられていたが、近年の信頼のおける大規模な研究では、喘息の寛解率はこれまで考えられていた数値よりはるかに低いものであり(25~50%以下、低年齢での重症度が、そのまま思春期、成人期へと持ちこされることが報告されている1)。さらに重要なことは、小児喘息はすでに思春期前から、加齢による肺機能低下の重大な原因となっていることがこの数年の間に明らかになり、喫煙と同様に、小児期の喘息が成人の慢性閉塞性肺疾患(COPD)の重要な危険因子であると考えられている2)

 (c)がん治療群
 近年の治療法の進歩から、小児がんのサバイバーが増加している。小児がんで頻度の高い白血病、悪性リンパ腫の治療において造血幹細胞移植が行われ、その有用性は確立しているが、生存者における化学療法と放射線療法の晩期副作用が問題になっている。肺合併症は造血幹細胞移植患者の40-60%に見られると報告されており、がん治療は長期にわたる肺機能低下に大きく関与していると推測される15)。呼吸器症状としては、咳嗽や呼吸困難、肺線維症、肺高血圧、閉塞性細気管支炎等が報告されているが16)、がん治療におけるブレオマイシンとX線

  
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照射のコンビネーションが最も重大な危険因子との報告もある17)。小児がんの生存者において肺機能の低下する症例は少なくないため、肺機能を改善・温存させる介入が早期から必要である18)

4.小児呼吸器疾患への
  対応を考える

 これまでに、小児期から思春期、成人期へと、効果的な移行期医療が行われるように多くの研究がなされてきたが、現在までに効果的な移行期医療のマニュアルはないようである。今後とも、検討を重ねて行くべきテーマであるが、その実践において、移行期医療のための患者教育の開始時期を定期通院中の段階の14歳とすることは19)、洋の東西を問わず、意義があることと思われる。さらに、患児と保護者の理解を深めるために、この時期、肺機能検査や気道過敏性検査の結果など、客観的な指標の提示が望まれる。

文献

(1) Vonk JM, Postma DS, Boezen HM, et al. Childhood factors associated with asthma remission after 30 year follow up. Thorax. 2004; 59:925-9.

(2) McGeachie MJ, Yates KP, Zhou X, et al. Patterns of growth and decline in lung function in persistent childhood asthma. N Engl J Med, 2016; 37: 1842-52.

(3)日本小児アレルギー学会(濱崎雄平、河野陽一、海老澤元宏、近藤直実、監修):小児気管支喘息治療・管理ガイドライン2012、協和企画、東京、2012.

(4)横谷 進、なぜ小児期医療からのトランジションが問題なのか、診断と治療、2013; 101: 1768-73.

(5) 中島 淳、大久保秀則、成人内科側からの問題提起、診断と治療、2013: 101; 1779-83.

(6)東野博彦、小児期発症の慢性疾患の長期支援についてー小児-思春期-成人医療のギャップを埋める「移行期プログラム」の作成をめざしてー小児内科、2006; 38: 962-8.

(7) Stein RT, Martinez FD. Asthma phenotypes in childhood: lessons from an epidemiological approach. Paediatr Respir Rev. 2004; 5:155-61.

(8)Martinez FD, Early-life origins of chronic obstructive pulmonary disease, N Engl J Med, 2016; 375: 871-878.

(9) Baraldi E, Filippone M, Trevisanuto D, et al. Pulmonary function until two years of life in infants with bronchopulmonary dysplasia. Am J Respir Crit Care Med. 1997; 155: 149-55.

(10) Fawke J, Lum S, Kirkby J, et al. Lung function and respiratory symptoms at 11 years in children born extremely preterm: the EPICure study. Am J Respir Crit Care Med. 2010; 182: 237-45.

(11) Håland G, Carlsen KC, Sandvik L, et al. Reduced lung function at birth and the risk of asthma at 10 years of age. N Engl J Med. 2006; 355: 1682-9.

(12) Turner SW, Palmer LJ, Rye PJ, et al. The relationship between infant airway function, childhood airway responsiveness, and asthma. Am J Respir Crit Care Med. 2004; 169: 921-7.

(13) Owens L, Laing IA, Zhang G, et al. Infant lung function predicts asthma persistence and remission in young adults. Respirology. 2017; 22: 289-294.

(14) Stocks J, Sonnappa S. Early life influences on the development of chronic obstructive pulmonary disease. Ther Adv Respir Dis. 2013; 7: 161-73.

(15)八田善弘、伊藤武善、馬場真澄、他、造血細胞移植後の長期生存例における肺機能の推移、移植、1998; 33: 454-466.

(16) Versluys AB, Bresters D. Pulmonary Complications of Childhood Cancer Treatment. Paediatr Respir Rev. 2016; 17: 63-70.

(17) Mulder RL, Thönissen NM, van der Pal HJ, et al. Pulmonary function impairment measured by pulmonary function tests in long-term survivors of childhood cancer. Thorax. 2011; 66: 1065-71.

(18) Green DM, Zhu L, Wang M, et al. Pulmonary Function after Treatment for Childhood Cancer. A Report from the St. Jude Lifetime Cohort Study (SJLIFE). Ann Am Thorac Soc. 2016 Sep;13(9):1575-85.

(19) American Academy of Pediatrics; American Academy of Family Physicians; American College of Physicians-American Society of Internal Medicine. A consensus statement on health care transitions for young adults with special health care needs. Pediatrics, 2002; 110: 1304-6.









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