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総説

「ニューイングランド医学誌」のCPC症例の分析 1970-2018;
①-結核症

Analyses of Clinicopathological Conference Records of the New England Journal of Medicine; Pulmonary diseases 1970-2018;
① Tuberculosis

四元 秀毅 独立行政法人国立病院機構 東京病院
Hideki Yotsumoto National Hospital Organization Tokyo Hospital

要 旨 鑑別診断を進める際には各種疾患についての正確かつ広範な知識が必要で、われわれはこれらを各種解説記事や報告症例の学習、および自験例を通じて取得する。一方“診断の絞り込み法”の観点からは推論の進め方の技術が求められ、その教材として内外の症例検討会(clinicopathological conference: CPC)記録などがある。本シリーズではこの約半世紀間にニューイングランド医学誌に掲載されたCPC記録を紹介しながら診断の進め方の技法や注意点について解説する。感染症、腫瘍などの順で紹介することとし、初回は“結核症(抗酸菌症”を取り上げる。
キーワード鑑別診断、ニューイングランド医学誌、CPC、結核症
『呼吸』eレポート 2(2) 85-97 ,2018
http://www.respiration.jp/erep/mokuji.php?y=2018&v=2


Ⅰ はじめに

 著者らは、かつて人工知能(artificial intelligence: AI)的手法を診断学の分野に応用するために、呼吸器系疾患のコード化を行った1)。疾患コートとしては従来からICDコードがあるが、これは臨床的に用いるにはやや不適格と考え、新規コードの作成を図ったものである。疾患名のコード化には呼吸器疾患の網羅的な把握が必要で、まず教科書的な基本疾患を挙げ、ついで内外の症例報告などに登場する疾患でこれを補い万全を期した。後者の資料として当時の「胸部疾患学会誌」の症例報告と”New England Journal of Medicine 「ニューイングランド医学誌”のCPC症例を用い、これらをもとに800余件の呼吸器疾患名をコード化した。さらに画像所見もコード化し、収集した500症例を題材にした呼吸器疾患の症例参照システム2)で両コードの適切性について検討した。
 ところで、開発したのは“参照システム”であり、これを “診断システム”にまで深化するには「診断アルゴリズム」の構築などが必要である。これは一朝一夕に成就できることではなく多くの検討を要するが、CPC内容の分析もその一助になろう。当時、ニューイングランド医学誌のCPC症例四半世紀分を集積したが、今般、これを半世紀分にまで増やし、その内容を分析することで鑑別診断の技法の解明を図った。本シリーズではその概要を紹介することとしたい。
 この約半世紀間に同誌CPC欄に登場した呼吸器系疾患の件数は500余にのぼっていた。毎年約50例のCPC症例が掲載されるので半世紀間の累計件数は約2,500と算出され、呼吸器系疾患はその20%強を占めていることになり呼吸器病学の間口の広さが窺われる。本シリーズでは同CPC欄の内容を“画像所見別”ではなく“疾患別”に分けて紹介し、各種疾患についてそのバリエーションを示し、診断を進める際の留意点に触れることとする。疾患群の紹介は頻度の多い感染症から始め、腫瘍、その他の疾患と領域を広げていきたい。 

Ⅱ 結核病変の種々相

 Case Records of the Massachusetts General Hospital(以下、MGH CPC)では肺感染症として多くの疾患が取り上げられているが、まず結核症から始めることとする。この半世紀間に取り上げられた肺結核を含む各種抗酸菌症は38件あり、収集した呼吸器系疾患系症例500余例の8%弱にのぼっていた。このようにMGH CPCで

  
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表1 結核でみられる胸部画像所見と進展様式の関係および鑑別の対象疾患

“画像所見”と“進展様式・病理像”はCase Records of the Massachusetts General Hospital (Case1-2003). を参考とした。

       
  

結核症症例が取り上げられることの多かった理由として、肺結核の画像所見が多彩で診断困難例が少なくないこと、診断の遅れが菌の拡散に伴う公衆衛生学的問題の発生につながること、および肺外臓器病変が多彩でその知識の欠如が誤診につながること、などがあげられる。
 結核症の病型としては、病変がほぼ肺に限局するもの、肺と他臓器に病変が拡大しているもの、肺外臓器病変が主体のもの、に大別できる。ここでは、やや恣意的ではあるが、以下のグループに分けてCPC内容を紹介する。
 1. 肺結核(および気管支結核)
 2. 粟粒《播種型》結核
 3. 結核性漿膜炎<心膜・胸膜・腹膜>
 4. リンパ節結核<肺門・縦隔リンパ節;>
 5. 喉頭結核・回盲部結核・結核性腸炎・結核性子宮
  内膜症<肺外結核>
 6. 非結核性抗酸菌症 <M. intracellulare,
   M. kansasii, M. genavense


1. 肺結核

 肺結核ではさまざまな胸部画像所見がみられ、それぞれについて鑑別すべき多くの疾患がある。表1にその代表的な画像所見とその背景の病理所見・進展様式を示し、ついでその鑑別疾患をあげる。現実には種々の画像所見が混在してみられ、主所見を重視しながら副所見を参考にし、経過、症状や検査所見を勘案して鑑別診断を進めることになる。
 MGH CPCで討議された肺病変を主体とする結核症例は7例で、その概要は表2-1に示すとおりである。このうち画像所見の特徴から4例を選んで解説し、表2-2に画像とともに診断に至った経緯を示す(表2-1Case No.赤字症例;以下同様。なお、両表の記載で、前者の「表題」と後者の「経過と画像所見」欄では内容が一部で重複している。
 表2-1の肺結核7例は、画像所見の上からは肺炎様の濃厚影、局所性の結節影、多発結節影や浸潤影、広範な無気肺などを呈しており、発熱、寝汗、血性痰などの症状で受診している。画像所見に基づいて感染症や腫瘍などが鑑別診断にあがり、痰の抗酸菌検査や肺生検などで確診に至っている。
 このうち内容を以下および表2-2にやや詳しく紹介する4症例の画像所見は、①局所性の濃厚影、②左肺の広範な無気肺、③右下葉の局所性の結節影、④広範な病巣である。

“Case 1970-12”
 右下葉の空洞を有する濃厚影が徐々に明瞭になった中年の男性。比較的広範な濃厚影つまり肺炎様の陰影は一般細菌性肺炎、真菌症によるものが多く、まれに腫瘍性病変によるものもある。発熱や炎症反応の亢進があるときは感染症が鑑別診断の中心になるが、本例のように検痰で抗酸菌陰性とされているときはこれが診断を惑わせる。本例の肺病変は “abscess”と表現されているが、担当医グループは腫瘍の関与を疑い、Discusserは原因不明の慢性感染症としている。現在ではCTで随伴病変を含む画像所見が詳細に示されて診断を助けるが、50年前のpre-CT時代では胸部X線写真(CXR)所見に基づいて診断しなければならず、苦労が偲ばれる。とりわけ検痰で

  
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表2-1 MGH CPCに登場した肺結核の症例

      

抗酸菌が検出されていないときには診断に難渋するが、じつは本例のように空洞を伴う広範病変の結核症例でも、痰の抗酸菌塗抹検査陰性のことが少なくない“検痰で抗酸菌陰性”の結果をもってただちに結核を否定してはならない。本例では末梢優位の気道に沿って広がる濃厚影を呈しているが、同様の画像所見を呈する感染症としてアクチノミセス症がある。きわめて珍しいことであるが、同一号に掲載されているCPCの前例はアクチノミセス症であった。なお、広範な均等影を呈するその他の病態には、腫瘍としては“肺癌”のほかに“リンパ腫”があり、その他の感染症として“クリプトコッカス症”がある。

“Case 1976-32”
 左肺全体におよぶ虚脱をみた中年の女性。肺の広範な虚脱は中枢型肺癌などの腫瘍性病変によるものが多く、まれなものとして異物の誤嚥や気管支結石などによるものがあり、炎症性疾患によるものは少ない。本例では約1年前に喘鳴と胸部異常影を契機に行われた検痰で結核菌を検出して肺結核と診断されており、治療で一定程度改善したものの、結局、広範な無気肺に至ったものである。機能回復を見込めず左肺摘除となっている。肺結核で区域気管支より中枢側の気管支に顕著な炎症性病変が及んだ状態を“気管支結核”とよび、わが国では肺外結核に分類されている。その場合、頑固な咳や喘鳴をみる
ものの肺病変は比較的軽度のこともあり、そのためしばしば診断が遅れる。本表で参考症例として示した“Case1982-36”は結核性病変により左下葉上区の区域気管支の狭窄をみた症例で、左下葉の濃厚影は部分的無気肺と炎症性病変の両者によるものである(CTは示されていない。付言すると、結核に伴う無気肺の起こり方として、小児では腫大リンパ節の圧迫によるものがある“Epituberkulose。一方、上述したように、広範な無気肺は腫瘍性病変によるものが多い。同年の“Case 1976-22”の50歳女性例は左上葉の無気肺を呈しているが、これは“bronchial carcinoid”によるものであった。

“Case 2006-12”
 大量の寝汗があり、右下葉の複数の結節影を呈した中年の男性。寝汗は感染症の古典的症状であるが、これを来す疾患として感染症では肺化膿症、NTMを含む抗酸菌症、ヒストプラズマ症などの真菌症があり、悪性腫瘍としてリンパ腫などが、その他の疾患としてリウマチ結節などがある。本例のCT所見は経過中の各断面でみると肺結核に合致する所見を呈しているが、当初、LVFXによる

  
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表2-2 CPCで検討された“肺結核症例”

治療で2 cm程度大の結節性病変が消退した経緯があり、これが鑑別診断を複雑にしている。ただし、キノロン薬による改善はときにみられる現象で、結核否定の根拠にはならない。

“Case 2009-18”
 検痰所見で肺結核と診断されて抗結核薬による治療を受けたものの悪化したエイズ合併の南アフリカ出身若年女性で、痰に抗酸菌を認めて結核と診断された。症状が悪化して初めて撮影されたCXRで左肺優位に両側肺におよぶ空洞を伴う広範な病変を認めている。同地では症状などから肺結核が疑われる症例では痰の抗酸菌検査を行い、陽性なら結核と診断して(CXRを撮影することなく)直ちに抗結核薬による治療を開始する。わが国のように菌を拡散増幅法などで結核菌であることを同定し(ときにCTを含む)胸部画像所見で病変の進展度を確認するというような念入りで悠長な作業はなされないのである。そこで、本例にみるように(HIV感染に伴う)多剤耐性結核で死亡に至るということも起こり得ることになる。感染防御策がどのようになされていたかと懸念される。なお、本例の記載で“Global Health elective”の医学および教育活動の一環としてMGHからレジデント医が南アフリカに派遣されていることが示されている。

  
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2. “粟粒”ないし“播種型”結核

 “粟粒結核”は結核菌が肺内に血行性に広く散布することによっておこる病態で、CXRで粟粒大の無数の小結節影が肺内にほぼ均等に散布してみられることに因んでこのように呼ばれる。粒のそろった粒状影が全肺にやや下葉優位にみられるのが典型像であるが、粒状影の性状(濃度)と大きさはさまざまである。なお、ごく初期には粟粒影が見えにくいので、不明熱の症例ではこのことを意識し“CXR異常なし” 例でもただちに本症を否定することは避け、必要に応じてCXRの再撮影を行う。一方、後述するようにARDSの状態になり大小の肺胞性陰影を呈するものもあることにも留意する。
 ところで“粟粒結核”は本邦では「肺外結核」に分類されているが、これは病変がしばしば肺外臓器にもおよぶ重症(全身)結核であることを意識したもので、肺結核とは別分類なのでその発生件数を把握できる利点もある。この考えと符合するが、本症は、近年“播種型結核”と呼ばれている。これは発症機転と広がりを反映した命名であるが、現在でも従来の“粟粒結核”がしばしば用いられ、本稿でもそのように記載したところが多い。付言すると“播種型”という呼び方には疑問も残る。血行性散布のイメージは“播種(種を播く)のイメージに重なるのは尤もであるが、広範病変では菌は管行性ないしリンパ行性に同様に広く播種されるので「血行性」のときだけ“播種型”とするのは依怙贔屓にもみえるのである。
 話を“CPC症例”に戻すと、この半世紀間に“粟粒”ないし“播種型”結核として12例が俎上にあがっていた(表3-1)。その大多数は肺病変を中心とする症例であるが、肺以外の臓器病変の症状が検討主題の症例もある。これらは後に紹介する「肺外結核」のジャンルに入るものともいえるが、病変が広範な症例については本項で紹介することとした。
 当初、あきらかな肺病変を欠くとされていた“粟粒結核”の2例について簡単に紹介する。 “Case 1970-08”は肝臓の粟粒病変を主体とする症例で、症状や血液検査所見などに基づいてもっぱら肝病変について検討され、剖検で推測どおりに肝に多数の粟粒大病変を認めて“肝の粟粒結核”と診断された。リンパ腫に合併した粟粒結核であるが、この組み合わせはやや珍しいという。いま一例は“Case 1971-51”で、ビリルビン値の上昇など肝障害の顕著な症例で、肝生検で“多数の肉芽腫病変が粟粒パターンに広がる像”がみられている。後で振り返ると、入院時のCXRでは肺水腫などのため肺病変がやや不鮮明で解釈に迷いがあったが、抗結核薬による治療で改善した後の胸部画像と比較検討すると「当初の肺病変は粟粒結核の像であった可能性が高いと」放射線科医は判断している。病変が主として肝などの肺外臓器に限局しているようにみえる“播種型結核”でも肺病変が存在することが多く、一方、肺側からみると、肺の“粟粒結核”では肝などにも病変が存在することが多い“肺の粟粒結核”の40%程度で血液のAl-P値の上昇がみられ診断の参考になるが、これはその程度の頻度で肝に病変が及んでいることを示唆している。事実、経気管支肺生検以前の時代には「肝生検」や「骨髄生検」が粟粒結核の診断のためによく用いられた。
 以下にやや詳しく紹介する “Case 2003-1”と“Case 1995-23”を除いた残りの8例では、脳幹、頸部リンパ節、骨髄、消化管などに病変がみられた。異色は“Case 2015-37”で、これは膀胱癌に対するBCG療法に伴って発症した例である。
 肺の粟粒結核2例について、以下と表3-2にその内容を示す。

“Case 2003-1”
 発熱、盗汗などで発症し、両側肺にびまん性粒状影がみられた中年の男性。同様の症状と画像所見を呈する病態として感染症、腫瘍、サルコイドーシスなどがあがる。感染症では真菌症も有力で、その場合、米国ではヒストプラズマ症が多いが、多発地帯への旅行歴はなく否定された(わが国ではクリプトコッカス症があがる。誘発痰の所見から結核と診断され、下葉のびまん性小結節影は粟粒結核の所見、上葉の散布性小結節影・線状影は気道散布性病変によるものと結論された。びまん性粒状影を呈する結核症例では“粟粒結核”か “気道散布型結核”かの問題になりその識別が難しいことがあるが、本例のように両機転の病変が併存するのもあり得ることである。

“Case 1995-23”
 呼吸不全を伴う広範な肺病変をみた中年の女性。症状や低酸素血症と併せてARDSの状態である。経過中に進行性の汎血球減少症もみられ、鑑別診断の主体は感染症と血液疾患となり、Discusserは可能性の低い第三の病態として、薬物に対する反応もあげている。本例は高度の呼吸不全状態にあり気管支鏡検査の施行は困難で、ハイチ出身者であることから(HIVは陰性であったが)全体像を適切に説明するのは“播種型結核に伴うARDS”と判断している。このまれな病態については本邦でも報告があり“粟粒結核”ではこのような進展の可能性も念頭におく必要がある。

  
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表3-1 MGH CPCに登場した粟粒結核ないし播種型結核の一覧

   
  

3. 結核性漿膜炎
 (心膜炎・胸膜炎・腹膜炎)

 結核性漿膜炎は、結核性病変が胸膜などの漿膜に波及して炎症性浸出液の貯留を来し、その結果、各種症状や異常な画像所見を呈する病態である。最も多いのは胸膜炎で、種々の程度の胸水がみられる。一方、まれな病態としては心膜炎や腹膜炎があり、それぞれ心嚢水および腹水の貯留に至る。本CPCではこれらの漿膜炎として8例が呈示されており、その内訳は胸膜炎3例、心膜炎1例、腹膜炎3例、胸膜炎+心膜炎1例であった(表4-1。胸膜炎の場合は肺病変に、心膜炎ではリンパ節病変や肺病変に合併しておこるものが多く、腹膜炎は消化器系結核に合併してみられるものが多い。
 8例のなかで心膜炎、胸膜炎、腹膜炎各1例を選び、その画像と診断に関連する事項を以下と表4-2で紹介する。

  
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表3-2 MGH CPCの肺“粟粒”結核の2例

表4-1 MGH CPCに登場した結核性漿膜炎の一覧

  
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表4-2 MGH CPCの結核性心膜炎と腹膜炎の症例

   

“Case 1972-30”
 腹部膨満と息切れで入院した青年。呼吸不全や肝腫大があり、心電図所見から収縮性心膜炎が疑われて心嚢を切開し、心膜生検所見で結核性心膜炎と診断された。術後に状態はいったん改善したものの3日後に死亡し、剖検で心筋の萎縮や肺のうっ血像などを認めた。結核性心膜炎ではこのように不幸な転帰をとることがあり、もって「他山の石」とすべき一例である。

“Case 1988-19”
 発熱や咳などで発症し左の大量胸水を呈した中年の男性。発熱を伴う胸水貯留は感染症によるものが多く、肺内に肺炎や肺結核を示唆する所見があればそれに伴うものと判断できるが、あきらかな肺内病変がないときは中皮腫などの腫瘍性病変、SLEなどの膠原病の関与を疑い、また、感染性の胸膜炎としてはときにコクサッキー
   


ウィルスによるものがある。そのときは顕著な胸痛もみられ、発症に季節性があり6月ごろに多い。胸水検査は診断に有用で、リンパ球比率の上昇、ADAの高値、糖の低値などが結核性胸膜炎を支持する所見である。結核性胸膜炎の場合、アレルギー的機序が関与して起こるので胸水中に結核菌を検出できにくく、確定診断には本例にみるように胸膜生検が必要となる。胸水中のリンパ球の結核菌抗原に対する反応の亢進も診断の参考になる。

“Case 2011-27”
 慢性の腹痛や下痢をみた17歳の少年。腹腔鏡下の生検で腹膜に播種する多数の結節性病変がみられ、生検と培養検査の結果から結核性腹膜炎と診断され、後に肺や胸膜および縦隔リンパ節の結核病変もあきらかになっている。腹膜の結核病変は腸結核に伴うもののほかに播種型結核に伴うものもあり、また、腸管や腹部リンパ節の結核性病変に伴うものもある。

  
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表5-1 MGH CPCに登場したリンパ節結核症例の一覧

(#Case 1990-24:結核とサルコイドーシスの合併の疑い例)
   
   
 

4.リンパ節結核

 リンパ節の結核性病変としては初感染肺結核に伴う肺門・縦郭リンパ節炎が多いが、その他に頸部リンパ節結核(瘰癧<るいれき>)や腹腔内リンパ節の病変などがある。以下に、MGH CPCに登場した5例のリンパ節結核症例を示し(表5-1)、ついで代表的な所見を呈した2例について胸部画像を添えて概略を紹介する。
 pre-CT時代、胸郭内の結核性リンパ節病変の診断は必ずしも容易でなかった。その診断ではまずCXRで肺門や縦郭リンパ節腫大を疑うことが重要であったが、このことはCT時代においても同様で、肺内病変があきらかでない本症ではCXRで肺門部や縦郭の異常を疑うことが診断の第一歩である。鑑別診断の対象疾患はリンパ腫やサルコイドーシスで、腫大リンパ節の画像所見の特徴や、肺内の微細病変の有無、血液検査での炎症反応や発熱の有無、他の部位のリンパ節腫大や眼症状などの有無が診断の参考になる。本症の診断は病変が胸郭内に限局するときは縦郭リンパ節などの生検に依らざるを得ないが、頸部リンパ節など他の生検容易な部位に病変があればその生検による。
 胸部CTで縦郭リンパ節腫大が示されている2例について、以下および表5-2にその内容を紹介する。


“Case 1989-48”
 咳、発熱と傍気管部リンパ節腫大がみられた中年の女性。ハイチから6年前に米国に移住して家政婦として働いていたが、数年前から乾性咳、筋肉痛を自覚するようになり、数日前に咽頭痛と嚥下時痛が出現し、めまいなどで出勤不能となり入院した。マラリアなどの既往がある。リンパ腫と結核性リンパ節炎が鑑別診断にあがった。多彩な症状は全身性疾患を示唆するが、表在リンパ節など胸郭外リンパ節病変がみられないのはこれに矛盾する。縦隔鏡下に腫大リンパ節生検を行い、抗酸菌を含み一部で壊死を伴う肉芽腫病変を認め、培養検査の結果と併せて結核性リンパ節炎と診断された。入院後にようやく承諾が得られたHIV検査の結果が陽性で、この間の症状にはHIV感染が関与していたものと推測された。HIV感染に伴うリンパ節結核では内部に壊死をみることが多く本例の所見もこれに合致するが、本例のリンパ節の病理所見でみられたリンパ球の増生は結核でみられるものより過剰で、HIV感染が影響しているものと判断されている。リンパ節結核ではHIV感染の有無に注意する必要がある。

“Case 1993-03”
 筋肉痛、体重減少で受診し、縦郭リンパ節腫大を指摘された中年の女性。15カ月前から夜間に増強する肩の

  
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表5-2 MGH CPCのリンパ節結核の症例

   
   

痛みを自覚するようになり、数kgの体重減少もあって半年前にエチオピアから来米した。冷たいものを食べるときにせき込むようになり、胸部画像で広範囲の縦郭リンパ節腫大を指摘された。リンパ腫、結核などの感染症およびサルコイドーシスが鑑別診断にあがり、感染症としては米国ではヒストプラズマ症が多いことが指摘されている(参照Case 1989-6。画像所見と出身地などから縦郭リンパ節結核の可能性が高いものと判断され、縦隔鏡下に得られたリンパ節の生検所見などで診断を確認された。なお、経過中にみられた関節痛は結核に伴う症状であった可能性がある。

5.肺外結核および非結核性抗酸菌(NTM)症

 本項では肺以外の臓器の結核病変を紹介する。いわゆる肺外結核には、喉頭結核などの耳鼻科領域、脳・神経系、腹部臓器、骨・関節系、泌尿器・生殖器系など各種臓器・器官の病変がある。これらの臓器における結核は播種型結核でもみられるが、ここで紹介するのは病変が特定臓器に限局していた症例である。肺外結核ではそれぞれの診療科医が担当することになるが、肺結核でもこれらを合併することがあり、呼吸器科医も基本的理解をもっておく必要がある。



 把握し得た範囲では、本CPCで5例の消化器系などの結
核症例が討議されていた。表6-1に非結核性抗酸菌症3例と併せてその概略を示し、表6-2に喉頭結核と結核性子宮内膜症の例をやや詳しく紹介する。

“Case 1994-34”
 進行性の嗄声と喉頭部腫瘤をみた中年の男性。声帯の左下部領域に腫瘤性病変がみられ、発熱などの他の症状はみられなかった。腫瘍性病変、ウェゲナー肉芽腫症、結核などの感染症によるものが疑われ、両側肺尖部に瘢痕性病変がみられることから結核症の可能性が高いものと思われた。喉頭鏡下に検体を採取し、その生検所見などで結核性病変と診断された。喉頭結核は抗結核薬の登場前のわが国では進行肺結核に伴う予後不良の病態であった。現在でも肺結核に伴っておこるものが多いが、約20%ではあきらかな肺病変がみられないという。現状では嗄声は腫瘍性病変によるものが多く診断は腫瘍性病変に傾きがちとなる。Case 1983-51もそのような例である。進行性の嗄声をみた60歳の男性で、扁平上皮癌やカルチノイド腫瘍などの腫瘍性病変が疑われがたが生検の結果は肉芽腫性病変であった。腫瘍の診断を予想して生検直後に次回の腫瘍外来を予約されていたが、結果が判明して受診先が変更になったという。患者にとっては喜ばしいことであった。本例ではDiscusser(耳鼻科医)は活動性の肺病変がみられないことから結核を否定していた。

  
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表6-1 MGH CPCに登場した肺外結核およびNTM症例の一覧

表6-2 MGH CPCの喉頭結核と結核性子宮内膜炎(肺外結核)

  
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“Case 2016-28”
 不妊外来を受診した31歳の女性。子宮・卵管の造影検査で、子宮内膜症および卵管炎が疑われ、結核によるものと考えられた。子宮内膜の生検で肉芽腫性病変を認め、培養検査の結果と併せて結核性子宮内膜炎と診断された。抗結核薬による治療が開始され、紆余曲折の後に出産に至っている。わが国でも子宮内膜炎に伴う不妊症が話題になっているが、結核性病変によるものはまれであろう。

 非結核性抗酸菌症(NTM)としては下記3例が呈示された。2例はMAC症で、1例は珍しい菌種によるものである。これらの症例の概略は以下のとおりで、前二者は結核との鑑別が主眼点であるが、第3例は背景因子の検討が主題である。

“Case 1979-51”
 両側肺に広範囲に空洞を伴う大・中の濃厚影・結節影を呈した中年の男性。白血球増多や赤沈値亢進はあるものの発熱などの臨床症状に乏しい症例である。結核、真菌症などの感染症やウェゲナー肉芽腫などが鑑別診断にあがり、結核の可能性が高いものと考えられたが、開胸で得た検体の検索でM. intracellulareによるNTM症と診断された。背景因子として両側肺に多数の嚢胞があり、病変の拡がりに比して症状が軽微であることがNTMを示唆している。本例は、結核類似の画像所見の症例でも検痰で菌の確認をすることが重要であることを示している。

“Case 2001-33”
 足のムズムズ感があり、右上葉に空洞を伴う広範な濃厚影を呈した中年の男性。左上葉にも数個の小結節影が散在性にみられる。病変の性状と収縮傾向は抗酸菌感染症や真菌症を示唆しており、病変部の部分切除検体の所見からM. kansasiiによるNTM症と診断された。空洞病変は本症でしばしばみられる所見である。なお、ムズムズ感は免疫学的機序で起こった脊髄炎によるものとされ、その発症にNTM症が関与している可能性があるという。

“Case 2017-28”
 遷延する肺炎で入院した乳児。左上葉の広範な肺炎の鑑別診断で、BALにM. genavenseという珍しい菌種のNTMが検出されNTM症と診断された。本例のポイントは母子に共通する低免疫能の問題で、先天性のインターフェロンγ欠損症に伴うものであることが判明した。原発性免疫不全は免疫蛋白の産生能低下に伴うものが多く、インターフェロン産生能低下はまれである。児は抗結核薬による治療で徐々に回復し、母親は臀部の外科手術を受けたのちに治療を開始された。低免疫能に伴う母子の共通感染であるが、感染源は飼育している“カナリア”と考えられた。

Ⅲ 鑑別診断の技法についての寸考

 呼吸器疾患の鑑別診断では、画像所見などに基いていくつかの候補疾患をあげ、これを「肯定法」ないし「否定法」で篩にかけて診断を絞り込む。その際にはとりわけ後者が有力で、本CPCでも、通常、候補疾患をあげて根拠を示しながらこれを徐々に減らし、最後に残った疾患について矛盾がないことを示して「最終診断」としている。したがって“否定の技術”がきわめて重要で、そこを間違えると誤診することになる。肺結核診断でのそのような間違いの一つが“検痰での抗酸菌陰性所見に基づく肺結核の除外”であることは、先に示したとおりである。広範病変の肺結核では検痰で抗酸菌を容易に検出できそうにみえるが、必ずしもそうではない。MGH CPCでも、初期検痰の抗酸菌陰性の所見から結核を除外して対処していたところ数週後に入院時提出の痰の培養結果が陽性と報告されて担当者がとまどった例が示されている。つぎに、肺外結核疑いの症例では“肺病変軽度を理由に結核性病変を否定してはならない、があげられる。喉頭結核は肺病変顕著例に併発しやすいが、ときにこれが軽度のこともある。呈示症例にみるように、肺病変が陳旧性程度の場合もそれを理由に喉頭結核を除外してはならない。また“LVFXなどの抗菌薬有効”を理由に結核を否定してはならない(臨床の場でときにみられる経過。なお、結核の感染検査(ツ反やIGRA)の陽性は結核を支持する所見で、これが陰性ならおおむね結核を除外できるが、この場合も“粟粒結核” は例外になり得る。
 一方「肯定法」の観点からの判断材料として、患者の出身地がある。表1表6に示したように米国の結核は東南アジアなどからの移民に多く“移民”は結核肯定の因子になり得る。これらの地域は結核の高まん延領域で既感染者が多く、さらに彼らはしばしば生活上の困難を抱えていることから結核に対して易発病状態になっている可能性があるのである。ニューヨークほどではないにせよボストンも移民の多い地域で、MGH CPC記録を通覧すると米国が移民の国であることを再認識する。
 しかし、このような米国での結核の状況を「対岸の火」ですますわけにはいかない。わが国の2017年における新登録結核患者数は16,789で、年齢層別にみると60歳以上が3/4以上を占めていた3)。このように本邦では結核は基本的に高齢者の疾病ではあるものの、その一方で20歳台と30歳台の合計数も10%弱を占めている。この層

  
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『呼吸』eレポート 2巻 2号 (2018)

図1 本邦における外国生まれ肺外結核の発生件数(2017年)

わが国では年間で1,500余件の外国生まれ結核の発生がある。その約80%は肺結核であるが、これと合併ないし別個に種々の肺外結核がみられる(横軸:症例数

   
   

の結核は感染の広がりにつながりやすいので要注意であるが、注目すべき点は外国生まれ患者数が1,530と全例の9.1%を占めていることである。その多くは若年者なので外国人結核は本邦の若年・中年層の結核件数増加に貢献しているが、その内容としては図1にみるようにさまざまな肺外結核もある。グローバル化のなかの本邦ではこれからもこの傾向は続くであろうから、今後、呼吸器科医はここで紹介したようなさまざまな結核に遭遇する可能性があるものと思われる。

Ⅳ おわりに

 この半世紀間に「ニューイングランド医学誌」に掲載されたCPC症例のうち、肺結核をはじめとする抗酸菌症症例の概要を紹介した。比較的多くの症例が俎上にあがっており、本症の多彩さが窺われる。
   
   
   

文献

1. 四元秀毅、岡輝明、大江和彦. 呼吸器疾患コードの作成と、これに基づく日本胸部疾患学会雑誌報告症例の分類. 日胸疾会誌32: 453-464, 1994

2. 岩井和郎、四元秀毅、鈴木 光. Respiro Navi改訂版; ATMS, 東京, 2006

3. 結核の統計2017 http://www.jata.or.jp​/rit​/ekigaku​/









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