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『呼吸』eレポート  2巻 2号 (2018)
随想

共進化;ダーウィンのランとその受粉媒介者スズメガとの関係

松谷 茂 京都府立大学客員教授、京都府立植物園名誉園長
Shigeru Matsutani Visiting Professor of Graduate School of Life and Environmental Science,
Kyoto Prefectural University
Honorable Director of Kyoto Botanical Gardens

『呼吸』eレポート 2(2) 98-104 ,2018
http://www.respiration.jp/erep/mokuji.php?y=2018&v=2


1.三大学教育共同化

 京都三大学教養教育共同化(以下「教育共同化)のカリ キュラムで、三大学 の5人の講師陣のひとりとして『意外と知らない植物の世界』という名称の 授業(主に1回生対象)を担当して4年目になる。教育共同化とは、京都三大学教養教育研究・推進機構の平成30年度受講案内1)によれば『京都工芸繊維大学、京都府立大学、京都府立医科大学の京都三大学は、それぞれ 100年を超える歴史の中で個性ある学風を培い、京都、日本、そして世界で活躍する人材の育成を行ってきました。 京都三大学では、それぞれの教育理念を基本にしながら、3大学が共同することによって、時代が求める新たな教養教育を構築していくため、平成26年度から全国初となる教養教育共同化をスタートしています
 という私は、京都府立植物園を平成21年5月に退職後、同園から名誉園長の称号を得て同時に、母校である京都府立大学の大学院生命環境科学研究科客員教授として現在に至っている2)。専門は「樹木学「植物園学」である。
 京都府立植物園に15年間勤めていたので、世界の多くの植物を観察することができた。私にとって大きな財産となったことは間違いなく、この間に得た貴重な経験を若い学生君たちになんとか還元できれば、との思いをずっと抱いていたこともあって、教育共同化の講義を引き受けることとした。

2.京都府立植物園

 京都府立植物園は大正13(1924)年創立、今年95年目になる公立の総合植物園で、保有植物数約12,000種類、植栽・展示植物約120,000本、平成29年度の入園者数は約87.3万人であった。
 国内の植物園としては、東京大学小石川植物園3)(1684(貞享元)年、徳川幕府が設置した「小石川御薬園」が前身)に次ぐ歴史があるが、世界と比べるとまだまだ若造感は否めない。例えば世界最古の植物園の一つイタリア・パドゥバ大学植物園4)は1545年創設で、1997年、世界文化遺産に登録され現在も植物園機能を十二分に発揮している。

3.アナログ実習

 京都府立大学の西に隣接している京都府立植物園を授業の一環で利用しない手はなく、学生たちにホンマモンの植物を実感させたい、将来医者になる学生には特に、医薬の元となる薬効成分の含まれる植物をアナログ的に知らしめたい、などの方針を立て、後期全15コマの講義のうち、私が担当する7コマ中の5コマを京都府立植物園での実習に充て、木本、草本、熱帯樹木(観覧温室)の約100種を観察しつつ、その植物の特徴を体得・実感させる。たとえば、キハダ(Phellodendron amurense ミカン科)。樹皮の一部を剪定鋏で剥ぎ取り、まず内樹皮のきれいな黄色を見せ、次にその切片をかじらせる。普通、植物園の樹木の枝を折ったり葉をちぎったり、ましてや樹皮を削り取るなどの行為は御法度なのだが、私の授業ではむしろこのような経験をさせることが大事で教育に必要だ、との持論に基づいて実践している(もちろん事前に植物園へは説明し、特例として了解は得ているが)。が、全員がかじろうとしない。こんなよい機会はないのにもったいない話であるといつも感じるのだが、強要はできないので、手を挙げた勇気ある(?)学生のみにかじらせる。みんなには、その学生のかじった瞬間の顔を見るように伝え、その瞬間を待つ。味覚には個人差があるようだがほとんどの学生はかじって2~5秒後「うわっ、苦っ!。私は一人ほくそ笑み「良薬口に苦しとはこのことだっ!」と声を張り上げる。受験勉強で疲れた頭・体には強烈な一撃であったと思うが「その苦味の主成分はベルベリン。生薬名を「黄檗(おうばく)」といい、健胃整腸剤として陀羅尼助などの市販薬に配合されている」など、サイエンスとしてのフォローを忘れない。医者になったあかつきに、この日の苦い経験を思い出してくれたら本望だ。

  
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 初回・一コマ目の講義は、200名を超える学生たちに(二回目以降、受講生は抽選で選抜される51名に限定。
今年度から、30名に)「植物には不思議と謎がいっぱいだ」と題し、パワーポイントを使って、フェノロジー
(phenology 植物季節学)にからませながら、植物の生き抜く戦略のすご技について話をし、最後の15分間に「本講義で気になった植物を挙げ、その理由を200字以上で述べよ」との出席簿を兼ねた感想文を提出させる。気になった植物ベスト3の傾向は3年間ほぼ変わらず、1位はサルスベリ、2位はイチョウ、3位が本稿で述べるダーウィンのラン。以下、メグスリノキ、アフリカバオバブ、ヌマスギ……と続く。サルスベリもイチョウも、誰もがその存在、その名前を知っている樹木だが「生き抜く巧妙な戦略について全く知らなかった、そんな観察の仕方にワクワクした」など、私の予想通りの結果が返ってくる。彼らの観察力の無さを嘆くと言うよりは、学校教育の知識偏重、教師側の努力不足、つまり「不備のまま積み重ねた負の生物学教育」の結果がそうさせた、と思っている。
 ちなみに、サルスベリの気になった点は二つある。一つ目は、花びらの付け根が糸のように細くなっているなんて、今まで全く気が付かなかったこと。二つ目は、雄しべに二つのタイプがあって、絶妙の受粉戦略をなしていること。多数の短い雄しべの先端に付く葯は、受粉能力のない黄色い花粉を、ポリネーター(花粉媒介者)に目立つように上向きに付ける一方、その雄しべの周辺には花びらの枚数と同じ6個の長い雄しべが、花糸(かし)の先端に、目立たない褐色の葯を横向きに付ける。この葯に入っている花粉は受粉能力を有している。ポリネーターの昆虫が黄色の花粉を食べるためにとまると重みで下がるので、周辺の長い雄しべは湾曲し、そのとき葯は下を向き花粉はポリネーターの体表に付着、送粉を可能にする。
 イチョウの気になった点も二つある。一つ目は、イチョウの枝の特徴は、短枝と長枝があることだが、葉が付く枝は短枝の先だけで、長枝には付かないこと。二つ目は、短枝の先についた葉のそれぞれの葉柄の長さが違うこと。これは、太陽光を1本の木全体として無駄なく取り入れ、効率の良い光合成を行おうとする戦略だ。

4.“共進化 coevolution”について

 さて、ベスト3に入ったダーウィンのラン。正確にはアングラエクム・セスクィペダレ(Angraecum sesquipedale )というラン科植物の一種であるが、植物関係の世界では、進化論で有名なチャールズ・ダーウィン(Charles Darwin イギリス、1809年~1882年)との関わりがあまりにも大きくて有名だ。この植物が気になった学生からの感想は「高校の授業で『共進化』を勉強しこのランを教わったが、植物園で栽培されているホンマモンを見ることができるとは信じられない、感激だ」といった内容がほとんどであった。
 この『共進化』だが、私の高校生のころには学んだ記憶がない。教えてもらったけど勉強してなかったのか、この言葉自体がまだなかったのか、その真相を確かめたく辞典などを調べた。岩波生物学辞典をひも解くと『共進化』は第2版第1刷(1977年7月)には無く、第3版第6刷(1988年1月) 5)に掲載が見つかる。広辞苑では、第4版第1刷(1991年11月)には無く、第5版第1刷(1998年1月)6)に掲載がある。広辞苑よりも10年早く取り上げた、岩波生物学辞典はさすがだと納得。不勉強さゆえの記憶力の欠如、の疑いが晴れ安心したと同時に今、このことを学べる高校生をうらやましくも思う。
 次に、中学・高校ではどの程度の学習をしているのか教科書を調べたところ、中学校では2年生で「進化」に触れていることがわかった。なかでも「新版・理科の世界27)は、表紙を開いた1ページの右下に、チャールズ・ダーウィンの写真を「世界一周の旅をして、さまざまな生物を観察しました。そして何冊ものノートにくわしい観察記録を書きました。科学の世界に大きな貢献をしたダーウィンですが、その出発点は、理科の学習でもたいせつな、この観察記録だったといえるでしょう」のコメントとともに載せまた「生物の進化」の項目を10ページにわたって説明するなど、内容の濃い教科書であった。高校になるとレベルは当然上がるが、調べた5つの教科書のうち「進化論」はすべてに取り上げられ「共進化」の項目は3つにあって2つになかった「共進化」を取り上げた3つのうち2つはなんと、ダーウィンのラン(アングラエクム・セスクゥイペダレ)とキサントパンスズメガを「共進化」の実例として例示していた。感激の感想を述べた学生たちは、どちらかの教科書で学んだのであろう。なかでも「改定 高等学校生物 BIOLOGY」は、アングラエクム・セスクゥイペダレの「距(きょ)」や「蜜」またキサントパンスズメガの「口器」や吸蜜している様子など、言葉ではなかなか分かりにくい内容を、なるほどこの関係が「共進化」なのか、と理解できるランとガとの関係をていねいに図示8)し、私は大いに感激した。しかし、同じ「共進化」を取り上げるにあたって、教科書間でこうも違うものか、ここまで軽重の差をつけてよいものかと、生物学を少しかじっている私としては、やや不満が残る内容だった。

5.アングラエクム・セスクィペダレ

 ラン科アングラエクム属は、マダガスカル島とその近辺のコモロ諸島に約200種が分布するが9)、アングラエクム・セスクィペダレ(図1)という種はマダガスカル島固有の着生ランで、海抜0-100m10)に自生する常緑の多年草である。ちなみに、Angraeはマレー語の着生植物angurekをラテン語化したもの9)だが、着生した樹木から水分や養分を得ている寄生植物ではなく、着生した樹木の幹などに根を張って生活している。sesquipedaleは、ラテン語で“1フィート二分の一(約45cm)”の意であるが、この意味は後述する。

  
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図1 アングラエクム・セスクィペダレ (ダーウィンのラン)

唇弁の基部(花の中心の裏側)から、30cmの長さがある距(きょ)という細長い管形の附属器官が垂れ下がっている。

図2 距と唇弁(しんべん、リップ)

ラン科植物では、花は左右相称となり、下側にある花弁が他の面のより大きく、幅広く、花を下から受けるように広がる形になる。この花弁のことを唇弁と言う。

 茎は直立し高さは1mほど、ラン科としては大型の部類に入る。長さ30cm前後の葉は広線形でやや波打ち、日本の植物には見られないほど分厚く、先端が丸くわずかに凹み、左右交互にぎっしり二列について、頑丈な扇のように見える。花は肉厚で、葉のつけ根から伸びた花茎の先につき、つぼみと咲きはじめは緑っぽく、咲き切ると光沢のあるロウ質の白色になる。直径は約15cmで夜、芳香を放ち受粉媒介者をおびき寄せるがそのとき、受粉に至る実に不思議で巧妙なドラマが繰り広げられる。
 ラン科に独特の花弁は、外花被片3枚、内花被片3枚の計6枚あり左右対称だが、最下につく内花被片の1枚は他の花被片5枚と明らかに形が異なり、これを唇弁(しんべん、リップ)と呼ぶ(図2)。アングラエクム・セスクィペダレの花の大きな特徴は、唇弁の基部(花の中心の裏側)から、距(きょ)という細長い管形の附属器官が、なんと30cmの長さがあることで、前述した学名(sesquipedale)の根拠となる特徴をなす。花の裏側に距がある植物は、日本でもたとえば、スミレやツリフネソウなどに見られるからなんの不思議にも思わないが、これほど長い距を持った植物は世界広しと言え、アングラエクム・セスクィペダレだけではないだろうか(マダガスカルの標高1,000~2,000mで、距の長さが40cmにもなる、アングラエクム・ロンギカルカル(Angraecum longicalcar11))が知られているが、絶滅が危惧されている)。なぜこれほど長いのか、なぜ長くなる必要性があったのか。なにが得をするのだろうか。
 細長い距の底には蜜腺から分泌された甘い香りのする蜜が溜まっている。ここに蜜があるということは、この蜜を餌として食べにくる動物がいてそのとき、受粉をするはずだ。しかし、どのようにして蜜を食べ、いかに受粉するのだろうか。
 ダーウィンは、ロンドンの王立キュー植物園(Royal Botanic Gardens , Kew)に導入されたこの花を見て12)、1862年に発表した[蘭の受精(Fertilisation of Orchids )]の「昆虫によるランの受粉について(ON THE VARIOUS CONTRIVANCES BY WHICH BRITISH AND FOREIGN ORCHIDS ARE FERTILISED BY INSECTS, AND ON THE GOOD EFFECTS OF INTERCROSSING. )」の第五章13)で、カトレヤ、マスデバリア、デンドロビウム、バンダ、カランセなど、現在よく名前が知られているランのほかに、アングラエクム・セスクィペダレを取り上げ、その197~202ページに「この花の、長い距の底にたまる蜜を吸うことができる、距と同じほどに長い(10~11インチ)口吻(こうふん) (前出の教科書では「口器」と表記)を持った未知の昆虫がいるに違いない」と予言し1882年、この世を去った。
 死後21年目の1903年、果たせるかな長さ30cmもの口吻を持ったスズメガの一種、キサントパンスズメガ(Xanthopan morganii praedicta)がマダガスカル島で発見され8)、予言は見事に的中し世界を驚かせた。
 引用した文献「Fertilisation of Orchids」の和訳については、私が調べたところすべて「蘭の受精」となっていたが、種子植物では、花粉が雌しべの先端の柱頭

  
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図3 南アメリカに生息する口吻の長いガ

京都府立大学の大島一正先生提供

図4 南アメリカに生息する口吻の長いガ

京都府立大学の大島一正先生提供

(ちゅうとう)になんらかの仕組みで付くことを「受粉」といい、届いた花粉が、子房内部(雌しべの下方にある)の胚珠(はいしゅ)内にある卵細胞と融合することを「受精」というので、花と昆虫との関係を扱っている本文献の内容からいうと、おしかりを受けるかもしれないが「蘭の受粉」と訳す方が適切ではないか、と思う。

6.共進化:ランとスズメガとの関係

 夜、甘い香りに誘われ飛んできたキサントパンスズメガは、香りを放つアングラエクム・セスクィペダレの花の前でホバリング。香りの元である蜜の在りかを探るため、ガは唇弁(しんべん)の基部の花芯に潜り込んで、口吻を距のトンネルに差し込み吸蜜する。蜜を吸い終えたガが花の芯から抜け出るとき、劇的な仕組み(後に詳述)で、花粉の塊りがガの体表に密着する。蜜は、満腹になる程は溜まっていないようで、ガは同じランの別の花に飛んで行って再び吸蜜するとそのとき、他家受粉が成立する。
 ランの距はなぜこれほど長いのか、ガの口吻はなぜこれほど長いのか。ランにとって、確実に受粉に結び付けることのできる動物が、唯一キサントパンスズメガただ一種。ガにとって、他の昆虫と競争することなく、確実に餌となる蜜を与えてくれる植物が、アングラエクム・セスクィペダレただ一種。口吻が短いと蜜の在りかに届かない。口吻を長くしないと餌にありつけない。口吻が長すぎると、蜜を吸い取ることはできても花粉が体表に着かないから他家受粉はできず、いわばガは盗蜜者でランにとっては不利でやっかいものだ。ランとしては、花粉を同種のほかの花に送る送粉が絶対に必要だから、両者がほぼ同じ長さの距と口吻を持ち、お互いが有利になるような選択(距と口吻を長くする)が働く進化が、連続的に起こった。このランとこのガは、超がつくほど長い時間軸の中で、お互いの生存、お互いの生き抜く戦略として、距と口吻の長さがほぼ同じ30cmの長さになるように共に進化してきた。動くことのできないランは、動くことのできるガに花粉を運んでもらい他家受粉を成立させ、繁殖範囲を拡げる。花粉を運んでもらった報酬として、このランは蜜を確実に与え送粉者であるガの生息を維持させる。両者が生き抜くためには両者の存在が必然で、そうなるように進化した。
 このような進化モデルを『共進化』といい、両者は『共進化』の究極の実例として取り上げられる。

7.アルフレッド・ラッセル・
  ウォレスの存在

 アルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace 1823-1913)の存在も見逃せない。彼はイギリスの博物学者であり探検家でもあり、生物地理学の父とも称されるほどだが、ダーウィンが23歳の時にビーグル号に乗って世界を探検14)(1831.12.27発~1836.10.2着)、南アメリカ、ガラパゴス諸島、タヒチ、オーストラリア、喜望峰などの動植物や地質などの調査をした成果を記した「ビーグル号航海記(1839年初版)」を読みあさったのみならず、自らアマゾン川やインドネシアなどを実地探査するなどの経験から、ダーウィンとほぼ同時期に、自然淘汰説=自然選択説を唱えた。彼は19世紀の進化理論を築き上げた主要進化理論者の一人だが、違う二人がほぼ同時期に同じ進化理論に到達したことは驚くべき出来事だ。二人は手紙のやり取りをして、お互い情報交換をしていたほどの親交があったことはよく知られ、現在では、自然淘汰説はダーウィンとウォレスが共同発見者、とされている。
 彼の存在を見逃せない理由の一つとして、彼もまた、アングラエクム・セスクィペダレに注目していたことだ。ダーウィンが、前述した1862年のランの本で「距と同じ長さの口吻を持つガがいるはずだ」と予言した5年後、ウォレスは、南アメリカに生息する口吻の長いガ(図3)(図4)。の事例について、次のように言及した15)。ただし、ウォレスはダーウィンが予言した本を読んだかどうかは、はっきりしないようだが『私は大英博物館の収蔵品のなかから、南アメリカ産のMacrosila cluentius というガの標本の口吻を慎重に計測し、長さが9.25インチあることを見つけた!熱帯アフリカ産のもの(Macrosila morganii)は、7.5インチあった。これより2,3インチ長い口吻をもつ種なら、アングレクム・セスクィペダーレの最大級の花の蜜まで届くだろう。この花の蜜腺は10~14インチの変異がある。マダガスカル島にそのようなガがいると予言してもまず外れる心配はないだろう。この島を訪れる博物学者は、天文学者たちが海王星を探したのと同じほどの確信をもって、それを探すにちがいない。そして、彼らも天文学者たちと同じように成功するだろう!』
 1882年、ダーウィンはこの世を去ったが、1903年、それまで知られていなかった口吻の長いガがウォレスの存

  
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命中にマダガスカル島で発見された。この驚くべき事実は、ダーウィンとウォレスの予言がまさに的中した大発見であることから、このガに対し「praedicta=予言されたもの」の亜種名が正式に付けられ、種としての学名はXanthopan morganii praedictaとなった(現在の和名はキサントパンスズメガ)。
 ここで私は、疑問を持つと同時に期待を抱く。前述した、距の長さが40cmにもなる、アングラエクム・ロンギカルカル(Angraecum longicalcar)の蜜を吸うことのできるガは発見されているのだろうか、存在していることは間違いないはずだし、発見したっ!の記事を早く見たいもの。

8.ランの多様・多彩な受粉戦略

 進化は「無駄をなくし、よりシンプルに」の方向に進み、進み進んだところ、植物ではランが出現、ランは最も進化した植物、と言われる。世界の種子植物(一昔前は顕花植物といい、裸子植物と被子植物を含む)約23万種のうち、1割以上に当たる約2万6千種がラン科植物(日本に320種16))で、これほど多くのラン科植物が存在し続けられるには、生存戦略の第一段階である受粉の、なによりもの有利さ、と大いに関係がある。第一段階の考え方は、卵が先か鶏が先か、の議論と似通っているところもあり、受粉なのか種子繁殖なのか発芽なのか開花なのか、いずれにせよ、受粉という工程は、植物の生育・繁殖にとって重要であることに議論の余地はない。
 ランの花の構造は、ランが生き抜く戦略とおおいに関わり、花粉を媒介する昆虫の形態と密接に関連している17)。雄しべ、雌しべのつき方と花粉の様子が、一般的によく知られるそれと違う。一般的な場合のもっとも身近な例として、たとえばバラ科樹木のヤマザクラを例に出す。ヤマザクラの花をあらためて観察すると、花弁の外側には5個の萼片(がくへん)があり、5個の花弁内部の中心に雌しべが1個、その周辺に雄しべが多数あって、ハナアブなどの昆虫がポリネーターとして訪花する。虫媒花のゆえんだ。ポリネーターは、一個一個がごく小さく細かな花粉多数を体表面に付けたあと、別の花を訪花したときに受粉が成立。受粉後、うまく結実して果実が熟すと、その果実を好む鳥が果肉を餌として食べる。果肉の中にある種子は消化されないから糞として排出され、地上のどこかに散布される。果肉は発芽抑制物質なので、植物側からすると、鳥に餌としての果肉を報酬として与えるかわりに、発芽抑制物質がなくなった種子を遠くに運んでもらって分布範囲を拡げる利益が発生する。鳥が媒介する種子散布様式を「鳥散布」(動物散布の一つ)と言うが、散布様式だけでも「重力散布「風散布「水散布」など、種子が何によってどのように運ばれるかはさまざまだ。植物の繁殖戦略の一つである種子散布は、生物のみならず自然現象にも依存していることがわかる。

9.受粉と花粉塊(かふんかい)

 話を戻す。雌しべと雄しべはバラバラに離れてないで合体し、一個の蕊柱(ずいちゅう)というラン科に特有の器官を形成するが、この蕊柱にものすごい仕掛けがある。蕊柱の先端部は葯帽(やくぼう:花粉が入っている帽子状の器官)という器官で、その内側に花粉がぎっしり詰まった花粉塊が入っている。昆虫が唇弁にとまって花の内部に頭を突っ込んだあと、元に戻ろうと出ていく瞬間、葯帽のキャップがはがれ、花粉塊は昆虫の体表にしっかりとこびりつく。花粉塊は、花粉がバラバラに散り飛ばないように粘着物質でかたまっているので、受粉するのに無駄な花粉がない。また、花粉塊の下にある柱頭(ちゅうとう)は、成熟すると粘液が分泌し受粉態勢を整え別の花の花粉を待つが、別の花からもたらされた花粉塊は確実に密着するので、受粉は確実に行われる。

図5 ブルボフィラム・ラシアンツムに訪花したハエと花粉塊

  
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図6 コブラオーキッド

    

図7 モンキーオーキッド

 私がランの花粉塊の存在を実感したのは、恥ずかしながら植物園を退職する前年の秋2010年10月1日、ゆったりした気持ちで観覧温室の植物を観察していた時だった。冷房室(熱帯地方の標高の高い場所に自生している植物を、植栽・展示している部屋。栽培は難しい)に入ったところ、臭い匂いが漂ってきた。その正体を確かめるべく近づいていくと、あまりどぎつくなく赤っぽい花が咲いていた。ブルボフィラム・ラシアンツム(Bulbophyllum lasianthum)、ラン科だ。この花が臭い匂いの元なのかと、鼻を花に近づけたところ、得も言われぬほど臭い。と同時に、何かが花の上でモゾモゾ動いているのでよく見るとそれらは、その花の臭いを好み、臭いにおびき寄せられた何匹ものハエだった。普通はあまり見たくもないハエだが、ちょっと変な体つきをしていたのでグーッと焦点を当てて観察すると、変だなと思った理由が、背中におぶっている天使の羽根のような形をした黄色い塊りとわかった。その塊りの正体は、花粉塊(図5)。昆虫の体表面に付着する花粉は、粉状にバラバラと全体的に付いているものだとの先入観があったので、ハエの背中に乗っている姿を見たとき、この塊りは何だと、不思議に思ったことを思い出す。
 ランの受粉戦略はまだある。たとえば擬態。これは受粉媒介者を匂い以外でおびき寄せるための戦略の一つだが、自然のなせるあまりもの不思議なランと昆虫との関係は、驚異としか言いようがない。擬態は、ランのどこかの器官が何かに似ている、ということだが、唇弁が昆虫のメスの姿に似ているのだ。この唇弁にやって来るのは交尾目当てのオスである。ラン科オフリス属(Ophrys)のランは、約20種が地中海沿岸地方に自生しているが、その唇弁の形、色、光沢が、ある昆虫のメスに似ていることから、英語では一般的にBee orchid、個別にはハエラン、クモラン、クマバチラン、ミツバチランと呼ばれる。オスの昆虫は、メスに似た唇弁の姿とランの花から放出されるフェロモン様の化学物質に誘惑され飛来するが目的は果たせず、交尾行動を繰り返すうちに花粉塊を付け、ランの送粉作戦にまんまとひっかかる。
 このほか、コブラオーキッド(Bulbophyllum maximum(図6)、バタフライオーキッド(Oncidium属)、タランチュラオーキッド(Stelis tarantula)など、ラン科植物の話題には事欠かない。

10.おわりに

 世界の植物を観察していると、不思議と謎がいっぱいあることに気が付く。野生の自然状態で生きている植物は、長い歴史的時間が経過する中、なんとしても生き抜き、なにがあっても生き続ける戦略を獲得し、そう簡単にはくたばらないように進化してきた。現代を生きる我々は、植物の生き様や死に様からいろいろと学ぶことが多いように思う。植物が発するメッセージは無限にあるが、その一端でもを伝え続けることが、私の使命かなと思っている。
 京都府立植物園では、ラン展開催期間(1月末~2月初)前から咲きはじめるアングラエクム・セスクィペダレ(ダーウィンのラン)を、観覧温室の展示会場やラン室で、着生ではなく鉢で栽培した開花株を展示する。このほか、虎ファン必見の「タイガーオーキッド(グランマトフィラム・スペキオスム)18)」や、どう見ても猿の顔に見える「モンキーオーキッド(図7)」などのラン科植物

  
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のほか、約4,500種もの熱帯植物を植栽・展示している。今、どこに何が咲いて、何が見ごろで見るポイントはどこか。西原昭二郎副園長が毎週金曜日に更新している『週刊見頃情報(2018年8月31日現在 No.276号)』(4か所の入口で無料配布)を片手に、園内を巡っていただきたい。単に視界に入っていただけの植物が、能動的に見て見たい、となること必至である。
『共進化』を感じつつ、ホンマモンの植物を是非ご覧いただきたい。

文献

1)平成30年度京都三大学教養教育共同化科目受講案内 京都三大学教養教育研究・推進機構 2018

2)松谷茂 打って出る京都府立植物園 淡交社 14-27 2011

3)岩槻邦男 日本の植物園 東京大学出版会 102-109 2004

4)THE GARDEN OF BIODIVERSITY at the Botanical Garden of Padova 2014

5)岩波生物学辞典 1988

6)広辞苑 1998

7) 新版・理科の世界2 大日本図書 142-151 2017

8) 改定 高等学校生物 BIOLOGY 1 第一学習社 376-385 2017

9)伊藤五彦、宇田川芳雄ら 園芸植物大事典 小学館 2698-2701,2739,2740 2004

10)唐澤耕司、蘭思仁 ほか 世界鑑賞用野生ラン オーム社 12 2017

11)Brenda Oviatt,Bill Nerison COLLECTOR’S ITEM Angraecum longicalcar ORCHID JANUARY 2014 17-20 2014

12) 土橋豊 ミラクル植物記 トンボ出版 17 2009

13)Charls Darwin ON THE FERTILISATION OF ORCHIDS BY INSECTS JOHN MURRAY 197-198 1862

14)パトリック・トール 平山廉 監修  ダーウィン進化の海を旅する 創元社 34-35 2001

15) リチャード・ドーキンス 垂水雄二(訳) 進化の存在証明 早川書房 110 2009

16) 遊川知久 改定新版 日本の野生植物1 178 平凡社 2015

17)井上健 植物の世界 朝日新聞社 9-222,223 1997 

18)松谷茂 とっておき!名誉園長の植物園おもしろガイド 京都新聞出版センター 72,75 2011









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